チャーチルと、七代目のジョック
イギリスのケント州に、チャートウェルという家があります。ウィンストン・チャーチルが40年あまりを過ごし、いまは一般に公開されている家です。
その家には、いつも猫が1匹います。マーマレード色で、胸元と四本の足先が白い猫。名前は、代々かならず「ジョック」です。
猫に謝った首相
チャーチルは、相当な動物好きでした。戦争中の首相官邸にはネルソンという猫がいて、「湯たんぽ役として戦争に貢献している」と言っていたそうです。
ある日、廊下ですれ違った猫に「おはよう、猫くん」と声をかけ、返事がないので思わず叩いてしまいます。あとで後悔して、窓にこんな貼り紙を出したと伝えられています。
猫へ。帰っておいで。すべて許す。ウィンストン
猫は帰ってきて、鮭と生クリームをもらったそうです。
88歳の誕生日に来た猫
最初のジョックは、1962年、チャーチルの88歳の誕生日に贈られました。贈り主は、長年そばで働いた秘書のジョン・コルヴィル。彼のあだ名が「ジョック」だったので、猫もジョックになりました。
マーマレード色で、胸元と足先が白い
1965年1月、チャーチルはロンドンの自宅で息を引き取ります。90歳でした。そのとき、ジョックはベッドの上にいたと伝えられています。
家族の、たったひとつのお願い
チャートウェルは、もともとチャーチルが1922年に買った家でした。けれど1946年、お金に困って手放そうとします。それを知った友人たちがお金を集めて買い取り、ナショナル・トラスト(イギリスの歴史的建物を守る団体)に寄贈しました。かわりに夫妻は、安い家賃で、死ぬまでここに住み続けられることになりました。
チャーチルが世を去ったあと、夫人のクレメンタインは、まだ住み続けられる権利を持っていました。けれど自分からそれを手放し、家をトラストに引き渡します。チャートウェルが一般に公開されたのは、その翌年、1966年6月のことでした。
引き渡すとき、家族がひとつだけお願いをしました。
この家にはいつも、ジョックという名のマーマレード色の猫がいること。胸元が白く、四本の足先も白いこと。そして、心地よく暮らしていること。
法律の契約ではありません。ただのお願いです。
60年、守られている
それから60年。ナショナル・トラストは、この願いを守り続けています。ジョックが年を取って亡くなると、同じ特徴の猫が探されます。保護猫から迎えられることもあります。
2014年に6代目が来ました。6年つとめて引退し、2020年5月から7代目のジョックが住んでいます。胸元が白く、足先も白い、マーマレード色の猫です。
いまチャートウェルを訪ねると、庭先でその子に会えるかもしれません。
60年前の、たったひとつのお願い。それがいまも、1匹の猫の居場所を守り続けています。
イギリス政府の公式写真(帝国戦争博物館 MH 26392)
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出典
- National Trust「Jock the cat at Chartwell」
- The Churchill Project, Hillsdale College「The Brendon Bestiary」
- International Churchill Society「Chartwell Celebrates Fifty Years」
チャーチルの言葉は、英語からの意訳です。写真は Pexels と、ウィキメディア・コモンズのパブリックドメイン画像を使っています。